猫の膵炎・胆石手術における麻酔管理:ケタミン使用の適応とプレメド戦略
急性膵炎と胆石を合併した猫の胆嚢切除術では、全身状態の低下・低血圧リスク・ハンドリング困難・猫特有のケタミン薬物動態という4つの課題が重なる。本記事では、この症例に対応する麻酔プロトコルの考え方を整理する。
対象症例の特徴と麻酔リスク評価
主な麻酔リスク因子
- 急性膵炎に伴う全身性炎症(低血圧・内臓浮腫)
- 消化器手術による腹腔内侵襲
- ハンドリング困難による薬剤投与経路の制限
- 膵臓腫瘍疑いによる術後回復の不確実性
- 慢性腸症・糖尿病寛解の既往による全身状態への潜在的影響
ハンドリング困難症例のプレメド戦略
ハンドリング困難な猫では、安全な投与経路の確保そのものが麻酔計画の第一関門になる。
ケージ内デクスメデトミジン筋注
まずケージ内でデクスメデトミジン(Dex)を筋注し、猫が落ち着くまで待つ。
デクスメデトミジンを選ぶ理由
- 筋注でも確実な鎮静効果が得られる
- 鎮痛補助効果がある
- ケタミン単回投与と組み合わせることで安全な鎮静深度を確保できる
- α2作動薬として交感神経抑制作用があり、ストレス反応を緩和する
プレメドの流れ(ハンドリング困難症例向け)
| ステップ | 薬剤 | 経路 | 目的 |
|---|---|---|---|
| 1 | デクスメデトミジン | IM(ケージ内) | 安全な鎮静確保 |
| 2 | ケタミン | IM(移動前) | 鎮静の深化・安全な留置針アクセス |
| 3 | フェンタニル | IV | 鎮痛先行・導入前の疼痛抑制 |
| 4 | プロポフォール | IV | 導入 |
ケタミン使用の適応と注意点(猫)
猫とケタミンの薬物動態
猫は犬よりケタミンの下流代謝(水酸化・抱合)能力が低く、活性代謝物のノルケタミンが蓄積しやすい。腎機能低下例ではさらに排泄が遅れ、ケタミンCRIは覚醒延長のリスクが高い。正常腎機能の猫でもCRIで覚醒延長が報告されており、単回投与を基本とする。
単回投与(ケタミンショット)が原則
猫でのケタミン使用は単回投与で完結させる。CRI(持続投与)は推奨しない。
DexとケタミンのIV同時投与を避ける理由
デクスメデトミジンは交感神経を抑制し、ケタミンは交感神経を賦活化する。同時IV投与はDexによる後負荷上昇(SVR増大)とケタミンによる心拍数上昇が重なり、心筋酸素需要と供給がミスマッチしうる。そのため時間的分散(Dex先行)が推奨される。
猫でのケタミン使用形式まとめ
| 使用形式 | 推奨度 | 備考 |
|---|---|---|
| プレメド IM 単回 | 推奨 | Dex 後の鎮静補助 |
| 導入補助 IV 単回 | 注意(慎重に使用) | 用量減量・分割投与 |
| CRI | 非推奨 | 蓄積・覚醒延長リスク |
| プロポ混合(少量) | 検討可 | プロポ必要量削減目的 |
区域麻酔(QLB・TAP)の組み合わせ
推奨されるブロックの組み合わせ
QLB(腰方形筋ブロック / Quadratus Lumborum Block) 腰方形筋筋膜に局所麻酔薬を注入し、体壁の体性痛をカバーする。猫での研究(卵巣切除モデル)でこの効果は示されている。交感神経幹周囲への薬液拡散を介した内臓痛への関与も理論上は考えられるが、胆嚢・膵臓手術での有効性を直接示したエビデンスは限られる。術中フェンタニル必要量の削減を期待して組み込み、内臓痛カバーはオピオイドで補完する。
TAP(腹横筋膜面ブロック / Transversus Abdominis Plane Block) 腹横筋と内腹斜筋の間の筋膜面に注入。腹壁の体性痛をカバーし、切開・閉腹時の疼痛管理を補助する。
鎮痛プロトコルの全体像
| フェーズ | 鎮痛薬 | 備考 |
|---|---|---|
| 術中 | フェンタニル CRI | 低用量維持を目標 |
| 術中補助 | QLB + TAP ブロック | 局所麻酔薬を使用 |
| 術後 | ブプレノルフィン | フェンタニルから切り替え |
低血圧対策
膵炎症例では全身性炎症反応に伴う血管拡張と循環血液量の相対的低下によって低血圧傾向が出やすい。麻酔薬の追加でさらに低下するリスクもある。
低血圧対策のチェックリスト
- プロポフォールはゆっくり titration する
- 術前の輸液負荷を適切に設定する
- 昇圧薬(ドパミン・エフェドリン)をすぐ使える状態にしておく
- QLB・TAPブロックでフェンタニル必要量を削減する
- プロポフォールCRIへのケタミン少量混合(プロポ量削減目的)も検討できる
注: 膵炎猫の麻酔導入前は電解質補正を完了する
急性膵炎の猫では高 K 血症・低 Ca 血症・代謝性アシドーシスが併存しやすく、未補正の状態で麻酔導入すると、α2+ケタミン投与時の心室性不整脈や、プロポフォール導入時の心拍出量低下が増悪する。導入前に血液ガス分析・電解質測定・乳酸値を確認し、K > 6.0 mEq/L、ionized Ca < 1.0 mmol/L、pH < 7.2 のいずれかが該当する場合は緊急性を再評価し、可能な限り補正後に導入する。
まとめ
- ハンドリング困難な猫ではケージ内Dex筋注で段階的に鎮静を確保することがスタートライン
- 猫のケタミンはCRIを避け、IM/IV単回投与に留める
- DexとケタミンのIV同時投与は時間的分散(Dex先行)が推奨される
- QLB・TAPブロックでフェンタニル使用量を削減し低血圧リスクを軽減する
- 膵炎症例ではプロポフォールのゆっくり投与と昇圧薬の事前準備が必須である
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