犬猫の局所麻酔入門|基本手技と安全な薬剤選択ガイド
目次
- なぜ今、局所麻酔なのか――マルチモーダル鎮痛の文脈で
- 局所麻酔薬の基本薬理――リドカイン vs ブピバカイン
- 代表的な局所麻酔手技と適応
- 局所麻酔薬の安全性――中毒の認識と対処
- まとめ
なぜ今、局所麻酔なのか――マルチモーダル鎮痛の文脈で
局所麻酔は、適切な症例で標準的に組み込むべき鎮痛手段である。理由はマルチモーダル鎮痛の設計思想にある。
局所麻酔は、神経の電気信号伝達を一時的に遮断して特定領域の感覚――特に痛覚――を消す技術だ。マルチモーダル鎮痛は、作用機序の異なる複数の鎮痛法を組み合わせ、個々の薬剤の使用量を減らしながら鎮痛効果を高める設計を指す。オピオイド・NSAIDs・局所麻酔薬・低用量ケタミンなどを組み合わせる。
つまり局所麻酔は単独技術ではなく、全身麻酔と重ねて初めて真価を出す。併用で得られる恩恵は次の3点に集約できる。
局所麻酔併用のメリット
- 吸入麻酔薬の必要量を減らせる: MAC(最小肺胞濃度)を削減し、循環への影響を軽減する
- 術後鎮痛の質が向上する: 痛みの入力を末梢で遮断し、中枢感作の予防に寄与する
- オピオイドの使用量を削減できる: 呼吸抑制・消化管抑制など副作用のリスクを下げる
局所麻酔薬の基本薬理――リドカイン vs ブピバカイン
作用機序
局所麻酔薬は神経細胞膜のナトリウムチャネルを遮断し、活動電位の伝導を止める。ブロックされる順序が臨床上重要で、細い神経線維(痛覚を伝えるC線維・Aδ線維)から先に遮断される。だから痛覚が最初に消え、運動機能は比較的保たれる。
2大薬剤の比較
リドカイン(Lidocaine) 分類: アミド型局所麻酔薬 作用発現: 速い(2〜5分) 作用持続: 60〜120分(エピネフリン添加で延長可能) 最大用量(犬): 4〜6 mg/kg(エピネフリンなし) 最大用量(猫): 2〜4 mg/kg 特徴: 速効性があり使いやすい。全身投与(IV-CRI)では抗不整脈・鎮痛作用も期待できる
ブピバカイン(Bupivacaine) 分類: アミド型局所麻酔薬 作用発現: やや遅い(5〜15分) 作用持続: 240〜480分(4〜8時間) 最大用量(犬): 2 mg/kg 最大用量(猫): 1〜2 mg/kg 特徴: 長時間作用が最大の利点。術後鎮痛として非常に有用
使い分けの考え方
薬剤選択のポイント
- 短時間の処置・早い効果が必要: リドカインが第一選択
- 術後鎮痛を長く持たせたい: ブピバカインが第一選択
- 両方のメリットを活かしたい: リドカイン + ブピバカインの混合使用(各薬剤の最大用量を超えないよう注意)
【重要】 猫はリドカインの全身毒性に対する感受性が犬より高い。猫では最大用量を厳守し、血管内誤注入の回避に特に注意を払う必要がある。
代表的な局所麻酔手技と適応
薬剤の性格が理解できたら、次はそれをどう患者に届けるかだ。ここでは導入しやすい順に4つの手技を紹介する。
1. 局所浸潤麻酔(Local Infiltration)
超音波装置も特殊な技術も要らず、すべての施設で今日から始められる手技である。手術部位の皮下・組織に局所麻酔薬を直接浸潤させる、最も基本的な形だ。
局所浸潤麻酔 適応: 皮膚切開部位、小さな腫瘤切除、ドレーン刺入部 手技: 切開ラインに沿って皮下に注入。多点注入(ファンスプレッド)が効果的 薬剤例: リドカイン 0.5〜1%、またはブピバカイン 0.25〜0.5%
2. 歯科神経ブロック(Dental Nerve Block)
抜歯は骨への侵襲を伴うため、「痛くない手術」という印象とは裏腹に鎮痛の優先度が高い。歯科神経ブロックはこの領域で最もリターンが大きい手技である。ブロックにより術中の吸入麻酔薬の必要量が大きく減り、覚醒の質も改善する。
歯科神経ブロック 主なブロック対象:
- 下顎歯槽神経ブロック:下顎の歯・歯肉・下唇
- 眼窩下神経ブロック:上顎の切歯・犬歯・前臼歯・上唇・鼻 使用薬剤: ブピバカイン 0.25〜0.5%(長時間鎮痛) 注入量: 0.1〜0.3 mL / ブロック部位(体格による)
3. 硬膜外麻酔(Epidural Anesthesia)
脊髄硬膜外腔に局所麻酔薬やオピオイドを注入し、後躯の広範囲な鎮痛を得る手技である。効果は大きいが、後述のとおり適応と禁忌の見極めが要る。
硬膜外麻酔 適応: 後肢の整形外科手術、会陰部手術、帝王切開 穿刺部位: 腰仙部(L7-S1) 使用薬剤例: ブピバカイン 0.25% ± モルヒネ(0.1 mg/kg) 注入量の目安: 0.2 mL/kg(後肢のみ)〜 0.3 mL/kg(腹部まで)
【重要】 硬膜外麻酔の注意点
- 低血圧(交感神経ブロックによる血管拡張)が起こり得るため、事前に輸液を準備する
- 注入量が多すぎると前肢・呼吸筋にまでブロックが及ぶリスクがある
- 穿刺部位の感染がある場合は禁忌
- 凝固異常がある症例では硬膜外血腫のリスクがあり注意が必要
注: 抗凝固薬服用例は ASRA-Vet 準拠の中止間隔を遵守
アスピリン・クロピドグレル等の抗血小板薬または NSAIDs を服用している症例では、硬膜外血腫リスクが上昇する。硬膜外麻酔実施前にアスピリン 7-10 日、クロピドグレル 5-7 日、NSAIDs 24-48 時間(薬剤による)の休薬を原則とする。緊急手術等で休薬不能な場合は硬膜外を回避し、末梢神経ブロック等の代替を選択する。
4. 超音波ガイド下神経ブロック
超音波ガイドは神経の位置を可視化でき、少量の薬剤で効果的なブロックが得られる。近年、獣医領域でも報告が増えている手技だ。装置と手技の習得が前提になるため、段階的に積み上げる。
代表的なものとして以下がある。
- 腕神経叢ブロック: 前肢の手術
- 大腿神経・坐骨神経ブロック: 後肢の手術
- TAP(腹横筋膜面)ブロック: 腹部手術の術後鎮痛
局所麻酔薬の安全性――中毒の認識と対処
手技の話をした以上、事故の話を避けては通れない。局所麻酔薬は「効く量」と「毒になる量」が地続きの薬剤である。
局所麻酔薬中毒のメカニズム
【重要】 局所麻酔薬が血中に過剰に吸収される、または血管内に誤注入された場合、全身毒性が発現する。
毒性は中枢神経系から心血管系へと段階的に進行する。
【重要】 局所麻酔薬中毒の進行
- 初期(中枢神経症状): 舌・口周囲のしびれ感、不安・興奮、筋攣縮・振戦、全身性痙攣の順に進行する
- 後期(心血管症状): 徐脈、低血圧、不整脈、心停止の順に進行する
中毒の予防策
- 用量の厳守: 体重あたりの最大用量を計算してから調製する
- 吸引テスト: 注入前に注射器を引いて血液の逆流がないことを確認する
- 分割注入: 一度に全量を注入せず、少量ずつ注入しながら反応を観察する
- エピネフリン添加の活用: 血管収縮により局所での吸収を遅延させ、安全マージンを広げる
⚠️ 緊急時:LAST 対応プロトコル
LAST(Local Anesthetic Systemic Toxicity・局所麻酔薬全身毒性)は数分以内に致死的不整脈・心停止に至る周術期救命対応事象である。以下を順序通り即座に実施する。
- 局所麻酔薬の投与を即中止
- 気道確保と 100% 酸素投与
- 痙攣発生時: ジアゼパム 0.2〜0.5 mg/kg IV またはミダゾラム 0.2 mg/kg IV
- 心血管虚脱: CPR 開始、脂質乳剤(20% Intralipid)1.5 mL/kg IV ボーラス投与
- 脂質乳剤の持続投与: 0.25 mL/kg/min を循環安定まで継続
脂質乳剤(Lipid Rescue) は局所麻酔薬中毒の特異的治療として確立されている。特にブピバカインによる心毒性に有効とされ、局所麻酔を実施する全施設で救急薬として常備することが強く推奨される。
まとめ
実践のポイント
- 局所麻酔はマルチモーダル鎮痛の中核的手段。適切な症例では標準的に組み込む
- リドカイン(速効性)とブピバカイン(長時間作用)の使い分けを理解し、用量を厳守する
- 中毒の予防と対処プロトコル(脂質乳剤の常備)を施設内で共有しておく
局所麻酔は比較的低コストで、患者の鎮痛の質を大きく向上させる技術である。まずは局所浸潤麻酔から始め、そこから手技のレパートリーを1つずつ広げていこう。
さらに学びたい方へ
PetNap では、獣医麻酔に関する最新情報・症例ディスカッション・論文解説を配信しています。